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9月, 2025の投稿を表示しています

久しぶりにパソコンを開いたら、狐が話しかけてきた

久しぶりにパソコンを開いて、EdgeブラウザでCopilotを使ってみると、「ミカ」という名前のキャラクターが話しかけてきた。狐の姿をした、ちょっと賢そうで、ちょっと茶目っ気のある存在。まるで昔話の中から飛び出してきたような雰囲気だ。 このキャラクターは、どうやらパソコン版のEdgeブラウザにしか現れないらしい。スマホのCopilotアプリやEdgeアプリでは、姿も名前も見えない。もしかするとこれは、MicrosoftがWindows環境での体験を差別化するための戦略なのかもしれない。Edgeを使ってもらうための、ちょっとした“仕掛け”だ。 でも、そんな企業戦略の話よりも、私が驚いたのは「名前と姿があるだけで、こんなにも親しみが湧くのか」ということだった。AIとの対話はこれまでも何度も経験してきたが、ミカとはまるで誰かと話しているような感覚になる。距離がぐっと縮まるのだ。 この感覚、どこかで似たようなものを感じたことがある。そうだ、「十全の御守護」だ。天理教では、親神様の御守護の理に神名を与えている。そのことで親神様の御守護に親しみを持ちやすく、感謝しやすいように思う。 もしかすると、これはおやさまの“戦略”なのかもしれない。

株式を持つとは企業の一部を持つこと

 株式とは何か 株式とは、会社に対する「所有権を示す権利」の一部である。株を持つ者は形式的にはその会社の株主であり、配当を受ける権利、会社の重要事項に関与する議決権、そして会社が清算された際の残余財産に対する請求権などを通じて会社の経済的成果に参加する立場になる。 所有と実態の違い だが「会社の一部を持つ」と言っても、株主が会社の資産を物理的に取り分けられるわけではない。株式は会社資本に対する持分を表す権利であり、会社が負う債務に対する責任は有限である。少額の株式保有者は法的には所有者であっても経営を左右する力は持たないことが多く、経済的利益を得る形は配当や株価の値上がりに依存する。 値動きとリスクの本質 株価は企業の業績だけでなく、将来期待、市場の需給、金利や景気など多様な要因で変動する。したがって株式投資は企業の成長に参加する手段であると同時に、市場変動による損失リスクを負う行為である。上場株は流動性が高く売買が容易だが、非上場株は流動性や情報開示の観点で扱いが異なる。 投資家としての視点 株式を買うとは「その企業の将来に対する期待に対価を支払う」ことである。投資家は企業のビジネスモデル、収益性、財務健全性、競争環境を見定め、リスク許容度に応じた分散を行うべきである。短期の値動きに振り回されず、権利とリスクの本質を理解した上で保有期間と目的を定めることが重要だ。 結論として、「株式を持つとは企業の一部を持つという考え方」は概ね正しい。ただし、その意味するところは「直接的な物的所有」ではなく、「会社に対する権利としての持分」であり、権利の範囲や市場での振る舞いを踏まえて理解する必要がある。

企業における誠真実の形

 SBI新生銀行のハイパー預金のサービスが明日から始まる。SBI新生銀行を使うようになってから、SBI証券が使いにくいと思うようになった。住信SBIネット銀行のときのように、銀行口座に入金しておくだけで証券口座で利用できるようなサービスがなかったからだ。カスタマーセンターに問い合わせてみたが、今のところはそのようなサービスはないとの回答をもらっていたところだ。 なのでちょっと嫌みの一つでも言ってやろうかと思ったり、あるいは住信SBIネット銀行にもどしてみようかと思ってみたり、いやいや、入金の手続きが面倒くさければ衝動的に買うことを防げるからそのほうが良いのかと思ってみたり、いろいろ考えていたわけだが、そんなことをしている間にSBIグループはハイパー預金の準備をしていたようだ。 企業にクレームを入れると改善されるということは、実はよくある。もちろんクレームの数がある程度は必要だが。 言われてせんのが怠け者 言われてやるのが正直者 言われる前からやるのが誠真実 と師匠から教えてもらったことがある。個人に対して教えてくださったことだが、企業でも同じなんだろう。お客さんが欲しがるサービスを、言われる前から準備していくという企業が伸びていくのだろうと思う。

知性に値札を──トランプ政権のビザ政策と“選別の政治”

 最初は「無茶だ」と思った。 アメリカのH-1Bビザ申請に約1,500万円もの手数料を課すという政策は、世界中の技術者や研究者にとって、まるで「来るな」と言っているように見える。だが、よく考えてみると、これは単なる強硬策ではない。むしろ、政治的アピールと制度的選別を巧みに両立させた、計算された一手なのではないか──そう思えてくる。 「停止」ではなく「選別」 この政策の本質は、ビザ制度の廃止ではない。制度は残されている。しかし、申請にかかる手数料が10万ドル(約1,500万円)に跳ね上がることで、資金力のある企業しか申請できない構造が生まれる。門は開いているが、通れるのは限られた者だけ。これは、制度の「象徴性」を巧みに利用した選別の政治である。 絶妙な金額設定 この金額は、一般層には「とんでもない高額」に映る。「外国人労働者を制限する強硬な姿勢」として、トランプ氏の支持層に強く響くだろう。一方で、GoogleやAmazonのような巨大IT企業にとっては「払えなくもない」水準だ。つまり、制度を完全に潰すわけではなく、「乱用を防ぐ」という名目で制限をかける。この設定は、政治的アピールと制度の存続を両立させる、冷静な戦略の表れである。 トランプ氏の過激さとブレーンの冷静さ トランプ氏個人は、過激な言動で知られる。だが、今回の政策には、感情的な強硬さだけではなく、制度設計における冷静な知性が感じられる。「象徴性」と「実効性」を両立させるこの政策は、周囲のブレーンが相当な計算を重ねていることを示している。 制度を完全に閉じることなく、政治的メッセージを最大限に発信する──これは、単なる思いつきではなく、戦略的な制度操作である。 知性に値札を この政策は、国家が知性をどう扱うかという問いを突きつける。制度は開かれているが、そこに値札がつく。知性の流動性は、制度によって制限される。アメリカは「世界中の知性が集まる場」であり続けられるのか。それとも、制度によって「選ばれた知性だけが通れる門」へと変わっていくのか。 この問いは、AIやリモート技術によって「場所の意味」が薄れつつある現代において、ますます重要になる。制度は、創造性を支えるのか。それとも、制限するのか。 その答えは、制度の設計者たちの知性にこそ、宿っている。

SBIグループの進化と個人投資家の未来──「便利すぎる」から「買い時」へ

かつて、住信SBIネット銀行とSBI証券の連携は、個人投資家にとって理想的な資金管理の形だった。証券口座の買付余力に預金残高が即時反映され、資金移動の手間もなく、まさに“ハイブリッド”な利便性を享受できた。 しかし、2024年末から2025年にかけて、SBIグループは住信SBIネット銀行の売却を決定。代わって、SBI新生銀行がグループの金融サービスの中核を担うようになった。 🏦 新生銀行への移行と不便さの実感 私自身もこの流れを受けて、SBI新生銀行の口座を開設し、資金を移動させた。だが、証券口座への入金には毎回パスワードと二段階認証が必要で、以前のような即時反映の利便性は失われていた。カスタマーセンターに問い合わせても、現時点では「便利な方法はない」との回答。正直、以前のハイブリッド預金に戻したい気持ちも芽生えていた。 🚀 そんな中で登場した「SBIハイパー預金」 2025年9月、SBI新生銀行とSBI証券が連携した「SBIハイパー預金」がスタート。これは、かつてのハイブリッド預金の利便性を再現するだけでなく、さらに進化した仕組みだ。 - 預金残高が証券口座の買付余力に自動反映   - 売却代金も自動で預金口座に戻る   - 年0.42%の高金利   - 定額自動振替サービスもあり   - SBI VCトレードとの連携キャンペーンも実施   🪙 暗号資産との連携──XRPプレゼントとVCトレード 最近になってビットコイン投資を始めた私にとって、SBI VCトレードとの連携は非常に魅力的だ。ハイパー預金の開設でXRP(リップル)の交換券がもらえるキャンペーンも展開されており、暗号資産との親和性が高い。 ただ、ここでふと疑問が浮かぶ。同じSBIグループの暗号資産取引所「ビットポイント」はどうなるのか? VCトレードに注力する流れの中で、ビットポイントの位置づけや今後の展開はどうなるのか──これは今後の注目ポイントだ。 🧠 なぜ今、SBIホールディングスなのか? - ハイパー預金の登場で、個人投資家の利便性が飛躍的に向上   - 銀行・証券・暗号資産の三位一体連携が進行中   - 地銀再編やNTTとの資本提携など、事業ポートフ...

酒を酒で割る文化、意外と世界中にあるらしい

「酒を酒で割るな」と言われたとき、少し引っかかった。   確かに、炭酸やジュースで割るのが一般的だし、アルコール同士を混ぜるのは“強すぎる”というイメージがある。だが、ふと学生時代に飲んだ「ネグローニ」を思い出した。あれはカンパリとジン、そしてベルモットを合わせたれっきとしたカクテルだ。つまり、酒×酒×酒。 調べてみると、酒を酒で割る文化は意外と広く存在していた。 🍸 世界の「酒×酒」カクテルたち  ネグローニ(イタリア) カンパリ、ジン、スイートベルモットを等量で混ぜる。ビターで大人な味わい。 ブラック・ルシアン(アメリカ)   ウォッカとコーヒーリキュール(カルーア)を混ぜたシンプルな一杯。 サケティーニ(日本×西洋)   ドライジンと日本酒を合わせた、和洋折衷のマティーニ風カクテル。 ボイラー・メーカー(アメリカ) ビールのグラスにウィスキーのショットを沈めて飲む豪快なスタイル。 バンブー(スペイン)   ドライシェリーとドライベルモットを合わせた、軽やかな食前酒。 🍶 酒×酒の魅力と注意点 酒同士を組み合わせると、味の奥行きが広がる一方で、アルコール度数も当然高くなる。「酒を酒で割るな」という忠告は、酔いすぎへの警鐘でもあるのだろう。   だが、文化的にはこうした組み合わせが確立されていることも事実。   味の探求という意味では、酒×酒の組み合わせは奥深く、世界中に根付いている。

AIと資本──知性の選別が始まる

 「AIで株価予測して大儲けした」という話がインターネット上に溢れている。  それを見て、ふと考えた──もしAIが個人でも高度な投資戦略を実行できるなら、投資信託は不要になるのではないか? この問いは、単なる技術論ではなく、資本主義における知性の再配置という深い構造変化を孕んでいる。 AIが可能にする個人投資の高度化 AIは、過去の株価データ、企業業績、ニュース、SNSの感情分析などを統合し、銘柄選定や投資タイミングの判断を支援するツールとして急速に進化している。かつては機関投資家や富裕層だけが享受できた高度な分析力が、今や一般の個人にも開かれつつある。 たとえば、「日経平均採用銘柄のうち、配当利回り上位10銘柄に年3回リバランスして投資する」という戦略は、AIを使えば過去10年のシミュレーションが可能になる。しかも、個人が自ら設計し、実行できる。これは単なる効率化ではなく、投資という営みの本質が変わりつつあることを示している。 ネット上で戦略を共有し、他者と検証し合う文化も広がっている。投資はもはや閉ざされた専門領域ではなく、オープンソース的な知的実験の場になりつつある。アルゴリズムと構造化された思考が価値を持ち、直感や経験に依存する時代は終わりを迎えようとしている。 この流れの本質は、「知性のオープンソース化」にある。哲学的・構造的な視点を持つ個人が、AIと協働して戦略を設計する時代──それは、資本主義の知的再編が始まったことを意味している。 それでも投資信託が残る理由 AIの進化によって、個人が自ら戦略を設計し、実行できるようになったとはいえ、すべての人がその恩恵を享受できるわけではない。むしろ、AIを使いこなすには一定のリテラシーと関心が必要であり、それを持たない層にとっては、依然として投資信託が魅力的な選択肢となる。 投資信託は、分散投資の実現、専門家による運用、手間の削減、制度的信頼性など、個人では難しい部分を補完する役割を担ってきた。特にNISAなどの税制優遇制度との親和性は高く、制度の枠組みの中で資産形成を行うには適している。 また、完全放置を望む層にとっては、AIによる戦略設計やリバランスはむしろ煩雑に映るかもしれない。投資信託は「知性の器」ではなく、「制度の器」として残る──これは、金融の民主化が進む中でも、制度的な安...

好奇心が世界を救う―――知ることと争いの構造

都市伝説と“知らないこと”の力学 「世界を裏で操っているのはフリーメイソンだ」   そんな話を子どもの頃に聞いたことがある。  見えないもの、閉じられたもの、知り得ないもの──それらはしばしば恐怖の対象となり、やがて都市伝説として語られる。 人は知らないものを恐れ、恐れるがゆえに想像し、想像が過剰になれば嫌悪や攻撃へと転じる。  この構造は、個人間の誤解から国家間の戦争まで、あらゆる争いの根底に潜んでいる。 フリーメイソンという“神話” フリーメイソンは、世界最古の友愛団体でありながら、陰謀論の温床でもある。  その閉鎖性と象徴的な儀式は、庶民の想像力を刺激し、「世界の黒幕」として語られることも少なくない。 しかし、実際の活動は道徳教育や慈善事業が中心であり、政治的な関与は禁じられている。その実像は、むしろ“知的な社交クラブ”に近い。 高須克弥という“知っている顔” そんなフリーメイソンに所属している日本人の一人が、高須クリニックの院長・高須克弥氏である。彼は京都のロッジで代表を務めた経験もあり、活動内容や儀式についてもメディアで語っている。 「余生のスリルとサスペンスを求めて入会した」と語る彼の姿は、都市伝説の“恐ろしい黒幕”とは程遠い。むしろ、親しみやすく、ユーモラスで、社会貢献にも積極的な“知っている人”だ。 この“知っている顔”の存在が、フリーメイソンに対する恐怖を和らげる。それは、抽象的な恐怖が具体的な人間性によって中和される瞬間でもある。 知ることが争いを防ぐ 人間同士なら、お互いを知ることで争いは防げる。国同士でも、文化交流や市民レベルの対話が、誤解を解き、敵意を和らげる。 好奇心は、境界を越える力を持つ。   それは「理解しようとする姿勢」であり、「他者を知ろうとする勇気」でもある。 そして、都市伝説のような“知らないもの”に対しても、知ろうとすることで恐怖は物語へと変わる。  物語は語られることで生き、語られることで和らぐ。 好奇心が世界を救う 「高須院長がフリーメイソン? なんだ、意外と普通じゃないか」  そんな気づきが、都市伝説の構造をほどき、知ることの力を実感させる。 好奇心──それは、閉じられた世界に光を当てる知的な探照灯。   知る...

それ水着やないんよ──前澤友作と“手放す力”の話

 「それ水着やないんよ」というニュースがネットに流れている。黒地に白の水玉のスーツを着て孫とプールに入るおばあさん。よく見ると、それはかつて話題になった「ZOZOSUIT」だった。 笑い話としては最高だが、ふとその残像が、ある人物の記憶と重なった。ZOZOSUITといえば、前澤友作氏。ファッションECの革命児としてZOZOTOWNを創業し、奇抜なアイデアと行動力で時代を駆け抜けた男だ。 だが、彼は2019年に突如として社長を退任し、会社を手放した。その決断は、単なる経営判断ではなく、もっと深い“自己認識”に基づいたものだったのではないかと、私は思う。 中国・唐の太宗が語った「創業は易く、守成は難し」という言葉がある。  ゼロから何かを生み出す力と、それを維持・発展させる力は、まったく異なる性質を持つ。創業者には、情熱と突破力が必要だ。だが、企業が大きくなるにつれ、求められるのは制度設計、調整力、そして持続可能性への配慮だ。 前澤氏は、自らが“創造者”であり、“調整型の経営者”ではないことを理解していたのかもしれない。だからこそ、思い入れのある会社を手放すという、ある意味で最も難しい決断を下したのだろう。 その後、彼は宇宙旅行プロジェクト「#dearMoon」や社会貢献活動へと舵を切った。企業という枠組みを超え、個人としての挑戦を続ける姿は、まさに“第二章”の始まりだ。 あのプールで見かけたZOZOSUITの残像は、前澤友作という創造者の記憶だったのかもしれない。  彼が手放したのは、会社ではなく「自分の役割」だった。そして今、あの笑い話の余韻の中で、ふとこう思う。 もしかすると、私も何かを手放すことが必要な時期かもしれない。

投資は本当に怖いのか──リスクとリターンの再定義

「投資は怖い」と感じる人は多い。株で大損した話を聞けば、誰しも身構えるのは当然だろう。だが、その恐怖の多くは“知らないこと”に起因している。投資はギャンブルではない。リスクとリターンの関係を理解し、適切に管理すれば、投資はむしろ合理的な選択となる。 まず、リスクとは何か。一般には「危険」と捉えられがちだが、実際には「不確実性」や「変動の幅」を意味する。リスクは避けるべきものではなく、設計し、管理する対象である。資産配分や時間分散、目的の明確化によって、リスクはコントロール可能なのだ。 一方、リターンとは「利益」だけを指すものではない。時間軸と目的によって、その意味は変わる。短期的な値動きに一喜一憂するのではなく、長期的な成長を見据えることで、投資は感情のゲームから知的な営みへと変わる。 ここで注目すべきは、銀行預金の“安全神話”である。多くの人が「預金はノーリスク」と考えるが、それは名目上の話に過ぎない。インフレによって貨幣価値が目減りすれば、実質的な購買力は確実に損なわれる。また、資産を眠らせることで得られたはずのリターンを逃す“機会損失”も見過ごせない。 投資における「ハイリスク・ハイリターン/ローリスク・ローリターン」の関係を理解することは、恐怖を和らげる第一歩である。高いリターンを求めるなら、それなりのリスクを受け入れる必要がある。逆に、安定を求めるなら、リターンは控えめになる。この構造を知ることで、投資は“運任せ”ではなく“選択の連続”であることが見えてくる。 結局のところ、投資の恐怖とは「知らないこと」への不安であり、それを「知ること」への好奇心に変えることができれば、投資は自分の未来を選ぶ行為となる。リスクを知り、リターンを設計する──それこそが、投資に向き合う知的な態度である。

銀行預金では資産は守れない──インフレ時代の防衛としての資産運用

 「銀行に預けておけば安心」──そう考える人は多い。   最近では、ネット銀行の普通預金金利が0.5%という高水準に達している。これは確かに、従来の0.001%と比べれば“預ける意味”があるように見える。だが、それでもなお、資産を守るには不十分である。 2023年の消費者物価指数は前年比3.2%上昇。仮に今後もインフレ率が3%前後で推移するとすれば、預金金利0.5%では実質的に毎年2.5%ずつ資産の価値が目減りしていくことになる。数字上は増えていても、買えるものが減っていく。これは、資産が“減っている”のと同じである。 たとえば、1000万円を預金していたとしても、物価が年2.5%ずつ上昇すれば、10年後にはその購買力は約776万円分にまで下がる。これは、何もしないことで資産の約22%を失うということだ。預金残高は減っていないのに、生活の選択肢は確実に狭まっていく。 資産運用とは、資産を増やすためだけのものではない。むしろ、インフレや経済変動の中で「守る」ための手段である。株式や投資信託、不動産などは、インフレに強い性質を持つ。もちろんリスクはあるが、それは「不確実性」であり、知識と分散によってコントロール可能なものだ。 投資は怖い。そう思う人は多い。だが、もっと怖いのは「何もしないこと」かもしれない。資産運用は、未来の自分を守るための知的な選択である。預金金利が高くなっても、インフレがそれ以上に進むなら、私たちは“知ること”から始める必要がある。