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夜勤のときに読もうかと

教祖電の第三章より。  六十の坂を越えられた教祖は、更に酷しさを加える難儀不自由の中を、おたすけの暇々には、仕立物や糸紡ぎをして、徹夜なさる事も度々あった。月の明るい夜は、 「お月様が、こんなに明るくお照らし下されて居る。」 と、月の光を頼りに、親子三人で糸を紡がれた。秀司もこかんも手伝うて、一日に五百匁も紡がれ、 「このように沢山出来ましたかや。」 と仰せられる日もあった。普通、一人一日で四十匁、夜業かけて百匁と言われて居たのに比べると、凡そ倍にも近いお働き振りであった。 すべきことをしながら夜勤で生計を立てると眠れなくて泣きそうになることもあるが、これもひながたにある。

春の大祭に思うこと

 春季大祭の日に何かさせてもらえたらとは思うが、なかなか思うようにはさせてもらえない。なぜ勤めるのかと考えてみれば、させてもらえることが見つかるかもしれないと思うが、その理由はいくつもある。多くの人が言うように、おやさまが現身をお隠しになられたその日のことを思い出せば何かすべきことが見つかるのかもしれないと思い、教祖伝の第十章「扉開いて」を読み返してみた。少し長いが引用すると、 このお言葉を頂いて、一同心を定めて居ると、その日の正午頃から、教祖のお身上がいよ/\迫って来たので、一同全く心定まり、真之亮から、おつとめの時、若し警察よりいかなる干渉あっても、命捨てゝもという心の者のみ、おつとめせよ。と、言い渡した。一同意を決し、下着を重ね足袋を重ねて、拘引を覚悟の上、午後一時頃から鳴物も入れて堂堂とつとめに取り掛った。その人々は、地方、泉田藤吉、平野楢蔵。神楽、真之亮、前川菊太郎、飯降政甚、山本利三郎、高井直吉、桝井伊三郎、辻忠作、鴻田忠三郎、上田いそ、岡田与之助。手振り、清水与之助、山本利三郎、高井直吉、桝井伊三郎、辻忠作、岡田与之助。鳴物、中山たまへ(琴)、飯降よしゑ(三味線)、橋本清(つゞみ)であった。 当時まだ幼少であったたまへも、孃、今日はお前もおつとめに出よ。との、真之亮の言葉によって、つとめに出た。家事取締りに当ったのは、梅谷四郎兵衞、増野正兵衞、梶本松治郎。以上総計十九名。 数えてみると、19名という人数は家事取締りを含めた数だ。少し違和感を覚えないでもないが、おつとめに出た人だけを数えたのではないことは確かだ。 ここから色々なことを考えることができそうだ。

一番大切なこと

元の理の冒頭に、  この世の元初りは、どろ海であつた。  月日親神は、この混沌たる様を味気なく思召し、人間を造り、その陽気ぐらしをするのを見て、ともに楽しもうと思いつかれた。 とある。文書を作成するときやお話の原稿を書くときには、一番大切なことを最初に書くのが普通だ。まあ、人間の集中力なんてものは最初の数分くらいしかもたないのだから、一番大切なことを最初に言っておかないと伝わらない。集中力が切れてるときに、素晴らしい話をいくら聞いても、頭に入ってこないだろう。と、そういう技術的なことを開設してもここでは意味はないのでやめることにするが、なにしろ一番大事なことはこの部分だと私は思う。 人間が陽気ぐらしをするのを見てともに楽しもうと思いた、というのが人間創造の目的である。「ともに」とあるは、人間が楽しむのを見て神様も楽しむという意味だ。 教典と教祖伝の冒頭には、 我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けたい とある。「世界一れつをたすけるため」と、立教の目的を述べられている。 神様は陽気ぐらしをさせるために人間をお造りになったのだから、すべての人間は「普通」の状態で陽気ぐらしができるのである。それにもかかわらず苦しんだり悩んだりしている人間をたすけるために天理教が始まったのである。 誤解を恐れずに分かりやすく言えば、人間は幸せになるために造られたのであって、その方法を伝えるために天理教がある。これが一番大事なことだと私は思う。それを知らなければつまらない信仰になってしまうだろう。 例えば、「私は因縁が悪いから信仰しなければならないんです。」などという言葉を聞くことがある。因縁に追われて信仰しているようなものだ。まあ、その考え方はそれぞれの自由だから否定しない。しかし、因縁が悪いから永遠に不幸に暮らさなければならないと思う必要はない。因縁は切ることができる。神様は因縁を切る方法をいくつも教えてくださっている。それを教えるのも立教の目的の一つだ。 因縁を切ればどうなるのだろうか?それを知らずに努力し続けるのは、目的地が分からずに走り続けているようで心許ない。因縁を切れば、魂は「普通」の状態に戻るわけで、つまり陽気ぐらしができるのである。因縁を切ることが目的...