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頑張ろうかと

息子が生後何ヶ月かのとき、寝返りを打つことができそうな時期があった。もう少しで寝返りを打てそうなとき、夫婦で目を輝かせながら見守ったものだ。やっと寝返りを打てたときには、二人で大喜びしたのを思い出す。 寝返りを打てた瞬間はもちろん大喜びしたが、それだけではない。できるようになろうと一所懸命努力しているように見えただけで喜べるものである。 これが親の心なのだろうかと。 神さんの信心はな、神さんを、産んでくれ親と同んなじように思いなはれや。そしたらほんまの信心が出来ますねで。 逸話篇の一〇四「信心はな」で、おやさまがこう仰っている。 神様は「何かができる」ことを喜んでくださるのではなくて、「何かができるようになった」、あるいは「できるようになろうと頑張っている」ことを喜んでくださるではないかと。

ウイルスも必要

世の中はコロナウイルスで大騒ぎだ。神様はなぜこんなことをされるのだろうと思うこともあるが、それは神様の親心を私が理解できないたけのことだろう。 ウイルスは害を及ぼすだけのものだと思われがちだが、そんなことはない。多くの生物の進化に関わってきたそうだ。具体的には、哺乳類の胎盤の形成にはレトロウイルスが大きな役割を果たしてきたことが分かっている。ウイルスというものが存在しなければ、今の人間は存在しないのかもしれない。 もしかすると、コロナウイルスも何か大きな役割を果たしているのかもしれない。これだけ多くの人が感染すれば、いくらかの影響があっても不思議ではない。あのときに人類は進化したんだと、ずっと先に解明されるかも。 などと妄想してみたが、それを知る術はない。神様の親心は大きすぎて、人間が想像することすら難しいのだろう。が、すべては世界一列を救けるためになされること。分からないけれども感謝して通らせていただきたい。