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うまくやることの代償

うまくやることは、いつも静かに始まる。   誰にも気づかれないほどの工夫。帳簿の隅に置かれた数字。   「この一回だけ」「今だけ」——そんな言葉が、風のように通り過ぎる。 ニデックの不正会計が報じられたとき、驚きよりも、どこか既視感のようなものがあった。   制度の堅牢さを誇る企業で、なぜそんなことが起こるのか。   だが、問いはいつも遅れてやってくる。   最初の工夫は、誰かを救うためだったかもしれない。   報告を整え、数字を揃え、誰も困らないように。   それは、善意だったのかもしれない。 うまくいってしまった。   誰も咎めず、誰も問わず、風は静かだった。   その静けさが、繰り返しを許した。   繰り返しが慣れとなり、慣れは仕組みとなった。   そして、仕組みは制度に溶け込んだ。 監査法人は意見を表明できず、株価は急落し、信用は揺らいだ。   だが、代償は数字では測れない。   それは、制度の中に息づいていた“うまさ”が、制度そのものを変えてしまったという事実。   誰もが「うまくやった」と思っていたその先に、戻れない道があった。 経済学は言う。「フリーランチはない」と。   何かを得るには、何かを失う。   その原則は、帳簿の中にも、会議室にも、私たちの判断の中にも、静かに息づいている。 工夫は必要だ。創意は組織を支える力だ。   だが、倫理との境界を見失ってはならない。   「うまくやること」が、制度を歪める前に。   問い直すべきなのは、数字ではなく、私たちの静かな判断かもしれない。

腐敗について誤解なきように

 誤解されないように念の為に書いておこうと思う。組織は腐敗するのが普通だ。それを批判しようとは思わない。人間が老化していくのと同じように、組織は腐敗していく。それくらい当たり前のことだ。 何十年も腐敗せずに続いている組織は、人が入れ替わり、風土も変わり、時には組織が一新されている。例えば会社なら取締役が総入れ替えになったり、事業内容がガラッと変わったりすることも珍しくはない。そうやって存続しているが、実質的には生まれ変わっているようなものだ。 創業は易く守成は難し などと言う。創るよりも維持するほうが難しいというのは、古くから知られてきたことだ。 どの会社も腐敗を防ぐために多くのコストをかけている。試しに「腐敗 組織」や「会社 腐敗」などでググってみると良い。腐敗を防ぐ完璧な方法というのはおそらくないと思うが、何もしなければ組織は確実に腐敗していくことを知っておくのは必要条件だろう。

魚は頭から腐るそうだ

 「魚は頭から腐る」とよく聞く。組織は上層部から腐敗してゆく。誰が悪いというのではなく、人間がたくさん集まって組織を作れば、腐敗していくのが普通だ。だから、特に上層部にいる人間は特に気をつけなければならない。おさしづに、 細い道は通りよい、往還は通り難くい。 とある。苦労しなくて進行の形を作れる環境にいると、その環境に安住しがちだ。それが因縁を呼び覚まし、癖性分として現れるから、腐敗につながる。 細道は気をつけて通る。形式的な信仰ができない環境にいると、心を改めることに注力するしかない。そういう意味では、形の信仰をしにくい状況のほうが心の信仰はしやすいのかもしれない。 だからといって、ある程度は出来上がっている組織をすべて潰すわけにも行かない。とにかく腐敗しないように気をつけるべきだろう。 腐敗するのは人が悪いからではない。善良な人ばかりが集まっても組織が大きくなれば上から腐敗が広がっていく。だから、腐敗しているからと言って誰かを責めるべきではない。それぞれが腐敗しないように意識してく以外に腐敗を防ぐ方法はなさそうだ。 上層部の不祥事が漏れ聞こえてくるのは、腐敗が進んでいることを意味しているんだろうとは思う。見るも因縁。我々も気をつけなければ。 関係ない話だが、「魚は頭から腐る」というけれども、本当は腹から腐るはず。