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願い通り生まれて来たかも

陽気暮らしの世界になると、出直す日時を決め、出直す先を決めて神様にお願いをすると、その通りになると、船場の初代の会長様の話にある。 あるおじいさんが出直すときの話で、おじいさんは出直すと決めた日に親戚を集めてお祝いの席を設ける。その席の中で親戚たちは「おじいさん、うちへ生まれ変わってきてください。」と口々に言うと、おじいさんは、どこそこへ生まれてやろうと言ってから息を引き取る。しばらくすると、その家に子供ができる。何年先に生まれてくるのかを神様に願っておけばその通りになるそうだ。 まだ今は陽気暮らしの世界ではないからその通りにはならない。しかし、少しはそんなことができるのかもしれない。例えば、前生の最期に、次はどこそこへ生まれて来たいと願ったのかもしれないし、次もこの人と一緒にいたいと思ったのかもしれない。 前生でどう思ったのかは神様にしか分らないことだが、神様はいつも優しいから願いを叶えてくれたのだろうと思うと、身近な人は大切にしなければならないつくづく思う。

前生因縁のさんげはたんのうだけではない

「たんのうは前生いんねんのさんげ」という言葉はあまりにも有名なのだが、たんのうして通るだけなら、何も天理教を信仰する必要はない。どんなことが起こっても、それを前向きに捉えて受け止めるというのなら、世間で言うプラス思考と何も代わりはない。因縁ということを理解することで、不都合なことが起こった時に、「これがさんげになる」と考えれば、ただそれを受け入れやすくなるだけのことだろう。 「たんのうは前生いんねんのさんげ」だが、前生いんねんのさんげはたんのうだけではない。「人助けたら我が身助かる」というのだから、たんのうを中心において守りの信仰をするよりも、おたすけを中心において攻めの信仰をするほうが、因縁納消の道を通りやすいのではないかと。