投稿

ラベル()が付いた投稿を表示しています

嘘はついてはいけないと決めた方が楽

「嘘とついしょ、これ嫌い」と教えていただくわけだから、もちろん嘘をつくことは良くない。人を傷つけるような嘘や、自分だけが得をするような嘘が良くないことはもちろんだ。しかし、場合によっては、人を幸せにするために嘘をつくべきだろうと思うこともある。 こんな難しい問題を問いかけてみると、AIはどうこたえるのだろうと、ふと思ったので聞いてみた。仏教では嘘をつくことは戒律によって禁じられているそうだが、「方便」という言葉があり、限定的な状況では許されるそうだ。 続けていろいろと話していると、「嘘をついてはいけない」と決めてしまうほうが楽だということを教えてくれた。なるほど、と思う。 現実の世界では難しい判断をしていかなければならないのだから、常に考えなければならない。それを面倒だと思って考えることを拒否するのなら、「嘘をついてはいけない」と決めてしまうのが楽だ。 それはそうだ。 だが我々は神様から考える自由を与えられているのだから、常に自分の頭で考えていかなければならないと思う。 「嘘とついしょ、これ嫌い。欲と高慢、大嫌い。」とおやさまは教えてくださったということは忘れてはならないが。

確証バイアスで埃を積む

 教理を学ぶ際に気をつけるべきなのが確証バイアスだ。もちろんだが、教理に限ったことではなく、情報を集めるときには常に気をつけなければならない。 確証バイアスとは、自分が正しいと思っている仮説を検証する際に、それを支持する情報ばかり集めてしまうことだ。反証につながる情報は集めたがらないし、見つけても目を伏せてしまう。もう少し分かりやすく言うと、自分に都合の良い情報ばかりを集めてしまうことを意味する。 自分のやりたいことがあって、それがもしかすると埃を積むことになるかもしれないと思ったときには、すぐにやめるべきだろう。しかし、どうしてもやりたいことがあるときに、それをやって良い理由を探して正当化する。これは高慢の埃だろう。 自分のやっていること、やりたいことを正当化するために教理を利用するくらいなら、何も学ばないほうがマシだ。