当たり前のことに感謝するという視点
テレビを見ていた。神戸のニュース、関西のニュースの後に「全国のニュースです」とアナウンスが流れる。
ふと、「全国」という言葉に引っかかった。私たちは「日本」という一つの国に住んでいることを、あまりにも当たり前のように受け止めている。
しかし、少し立ち止まって考えてみると、この「当たり前」は決して自然に生まれたものではない。江戸時代の日本は藩ごとに分かれ、それぞれが独自の政治や経済を営んでいた。今の感覚で言えば「小さな国の集合体」だったのだ。もしそのまま続いていたら、東京と大阪が別の国になり、時には戦争をしていたかもしれない。
幕末から明治維新にかけて、多くの人々が命をかけて「日本を一つにする」という大きなビジョンを掲げた。藩を廃止し、中央集権の仕組みを整え、「日本人」というアイデンティティを育てていった。その努力があったからこそ、私たちは北海道の人とも沖縄の人とも自然に「同じ日本人」と感じ、肩を並べて暮らすことができている。
現代の私たちにとって「日本人」という感覚はあまりにも当たり前だ。しかし、それは奇跡的に築かれた歴史の贈り物であり、先人たちの知恵と勇気の結晶だ。
だからこそ、当たり前に思えることにこそ感謝したい。
毎日の平和な暮らしも、全国を一つに結ぶ鉄道や道路も、同じ言葉で語り合える仲間も、すべては「日本という国が一つである」という前提の上に成り立っている。
当たり前のことは、実は感謝すべきことだ。
その視点を持つだけで、日常は少し温かく、少し豊かに感じられるのではないだろうか。