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おぢばの学校が減るそうだが

 おぢばの高校は天理高校だけになることはすでに決まったことだが、先日、教会へ行ったときにこの話題になった。 教校学園をなくす理由は、もちろん多くの理由があるだろうが、一つには組織が出来上がりすぎたからだそうだ。彼が言うには、いつ何をするのか、それが完成されていて、その通りにすれば何も困らず運営ができる。かつて存在した付属高校や第二専修科も同じだと彼はいう。 一つ一つの手続きは試行錯誤の末に作られたものであり、すべてに意味がある。もちろんその意味を伝えながら手続きも伝えていくわけだが、意味は忘れられても手続きさえ分かれば運営はできる。人から人へと伝えていくのだから、組織が長く続けば、そのうち意味のわからないことだらけになってくると。 さて、見るも因縁だ。自分の周りにもそんなことがないだろうか。 多くの行事が中止されている今だからこそ、一つ一つの意味を考えてみるのも良いかもしれない。

マイナンバーカードで転出証明書が不要き

 デジタル化の進んだ未来の人が読むと、きっと笑ってくれるであろう。 東大阪から神戸に引っ越しをした。マイナンバーカードをすでに持っていると、とても便利らしい。なんと、転出証明書が必要ない。東大阪市役所で手続きを済ませ、神戸の区役所へ来たときには、転出証明書の代わりにマイナンバーカードを提示した。デジタル化が進んだものだ。 区役所の転入の窓口にいくと、次に行くべきいくつかの窓口の案内と、それぞれの窓口に提出する書類を受け取った。紙がたくさん。 今の所、転出証明書という紙は必要なくなったが、それ以外はあまり変わっていないように思う。 結局はたくさんの書類を持って、いろんな窓口に行かなきゃならない。なんとかならないものかと…。

Inkscapeで印刷すると画質が落ちる

 Inkscapeで印刷すると、一昔前のプリンターのような粗い画質で印刷されるので困っていたが、一旦PDF形式で保存してから印刷すると、きれいに印刷できた。 使ったのはAdobe Acrobat Reader DC。無料のソフトだ。が、使うのにいくつかコツがいる。 基本的には、InkscapeからPDF形式で保存すれば良い。「別名で保存」を選んでファイル形式を「 Portable Document Format (*.pdf)」にして保存する。すると、保存した場所にPDFファイルが作成されているはずだ。これを開けばきれいに印刷できる。 ここまで簡単にできたのだが、印刷するサイズを希望通りにできなくてずいぶん試行錯誤した。A4でレイアウトしたものをA4で印刷するのなら問題はなかったのだが、Inkscapeで用紙の設定をB5にしているとうまく印刷できない。いろいろ試した挙げ句、諦めて設定をA4にし、すべてを拡大することで解決した。 Inkscapeのバグなのか設定ミスなのか何なのか分からないが、解決したからまあ良いか。

逸話篇一三二 おいしいと言うて

 最初に宿しこまれた子供の数が九億九万九千九百九十九であったわけだが、現在の人口はこの数を大きく上回るのを、子供のときに不思議に思った。一応のところは解決した。逸話篇の132だ。 皆んなも、食べる時には、おいしい、おいしいと言うてやっておくれ。人間に、おいしいと言うて食べてもろうたら、喜ばれた理で、今度は出世して、生まれ替わる度毎に、人間の方へ近うなって来るのやで。(中略)各地の講社から、兎、雉子、山鳥などが供えられて来た時も、これ と同じように仰せられた、という。 こうやって人間が増えていったと考えることはできる。現在の人口を考えてみると、人間は長い間、おいしいと言って食べてきたのだろう。 おたすけにしても丹精にしても、成人してもらわなければならないわけだが、口で言って分かってくれないことは多い。こんなときには「喜ぶ」のが良いと、この逸話は教えてくれているように思う。「喜ばれた理」で、魚でさえ人間に近くなるわけだから、人間でも成人してくださるだろう。 理の子がなにか悪いことをしたと言って腹を立てたり、すべきことをしないと陰口をたたいたりしていると、成人してくださることはないだ。理の子が何をしてもこちらは全力で喜ぶくらいにならなければならない。不足を言っていてたすかってもらえるはずがない。

逸話篇四六 何から何まで

全文を引用する。 ある日、信者が大きな魚をお供えした。お供えがすんでから、秀司が、増井りんに、「それを料理するように。」と、言い付けた。りんは、出刃をさがしたが、どうしても見付からない。すると、秀司は、「おりんさん、出刃かいな。台所に大きな菜刀があるやろ。あれで料理しておくれ。」 と言った。出刃はなかったのである。 りんは、余りのことと思ったので、ある日お暇を願うて、河内へもどった。ちょうど、その日は、八尾のお逮夜であったので、早速、八尾へ出かけて、出刃庖丁と薄い刺身庖丁と鋏など、一揃い買うて来て、お屋敷へ帰り、お土産に差し上げた。秀司もまつゑも大層喜んで、秀司は、「こんな結構なもの、お祖母様に見せる。一しょにおいで。」 と促した。 教祖(おやさま)にお目にかかって、留守にしたお礼を、申し上げると、教祖は、それをお頂きになって、 「おりんさん、何から何まで、気を付けてくれたのやなあ。有難いなあ。」 と、仰せになって、お喜び下された。りんは、余りの勿体なさに、畳に額をすり付けて、むせび泣いた、という。 神様の御用を勤めさせていただくとき、必要なものはすべて自分で揃えるくらいの心でいれば、おやさまは喜んでくださるのだろう。 魚をさばく包丁がないからと言って、「お屋敷の会計で包丁を買ってください」と、増井りん先生は仰らなかった。誰かにお金を渡して包丁を買って来るように言いつけたわけでもない。自分で歩いて行き、自分のお金で包丁を買って、それを使って御用を勤められたのである。 足りないものがあれば自分で揃えてお供えすればよい。「もの」だけではない。こういう人が必要だと思えば、自らがそうなれば良い。足りないものに気がつくと言っても、自分で気づいているのではなく、神様が気付かせて下さっているのであって、そこが徳を積むチャンスだ。 組織が大きくなり、立場ができてくると、こういうことを忘れてしまう。必要なものは会計から出してもらおうなどと言ったりするものである。 「お守り所のコーヒーがないで!」と青年さんに怒鳴り散らす役員など、一ミリも見習わなくて良い。

逸話篇一二三 人がめどか

船場の初代、梅谷四郎兵衛先生は短気であったと言う人が多いようだが、実はそうではないと聞かせていただいたことがある。逸話篇の一二三「人がめどか」には 明治十六年、折から普請中の御休息所の壁塗りひのきしんをさせて頂いていたが、「大阪の食い詰め左官が、大和三界まで仕事に来て。」との陰口を聞いて、激しい憤りから、深夜、ひそかに荷物を取りまとめて、大阪へもどろうとした。 とある。大阪一の左官職人が、大和の田舎者にバカにされたわけたが、もし私がそう言われたらその場でキレていたのではないかと思う。とりあえずその場はグッと我慢して、夜まで我慢し、誰にキレることなくそっと出ていこうとされたのである。 いろんな先生から話を聞いていると、梅谷先生のことを悪く言ったのは一人ではない。仲間はずれの状態であったそうだ。田舎者の村社会の中に都会からだれかやってくれば、妬みやそねみがあっても不思議ではない。 すでに出来上がっているグループというの、いつも通りにやっていれば良いのだから居心地は良い。メンバーが増えたり変わったりすることで居心地の良さが失われることを恐れるのだろう。 友達同士ならそれでよいわけだが、教えを広めることを目的としている集団がそうあってはならない。自分たちだけが楽しむようなことになっていないか気をつけていかなければならない。

うをとみ

 夫婦が陽気ぐらしの基本などと言われることがある。親神様が人間創造を思いつかれたときに、最初に夫婦の雛形としてうをとみとをお引き寄せくださったと元の理にあるからだろう。 うを に しゃち を仕込んで月様がお入り込みになる。 み に かめ を仕込んで日様がお入り込みになる。 こうして夫婦の雛形が定まる。男雛形と女雛形は、違うものに違う道具を仕込み、違う神様が入り込まれてできたものであるから、全く違うのである。 しゃちは勢いが強いとか、かめはじっと耐えるとか、そういった細かいことを考えるのも面白いが、最も大事なことは、「違う」ことだと、私は思う。まったく違う二つから世界が始まったのである。 同じようなもの同士であれば分かり合うことは難しくないだろうからうまくいきそうなものだ。しかし、おそらく神様の仰る陽気ぐらしはそうではない。 考え方の違う者同士がお高いを理解しようと努力し、歩み寄っていくことこそを神様は望んでおられるように思う。 異なる考え方をもつ者を排除するという考え方では、いつまでたっても陽気ぐらし世界は実現しないように思う。