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何も考えずに尽くすのが良い

何も考えずに心を尽くしていれば良いのだと思う。心通りの御守護と教えられるわけだが、つまり、やったらやっただけ御守護をくださるということであって、その御守護はどこに現れるのか分からない。 誰かのために心を尽くしても、その相手のためにならなかったと思うようなこともあるし、喜んでもらおうも思ってやったことで怒らせてしまうこともある。しかし、それは心通りに御守護くださるのだから気にしなくて良い。もちろん、「誠の中のほこり」にならないよう気をつけることは必要だが、自分のためではなく、人のため、神様のためにやったことは、必ずどこかに現れてくる。 それが人間には分かりづらいのだろう。これだけやったのにダメだった、などと思う。こうなってほしいという人間思案を持って心を尽くしていると、御守護があったとしても、自分の思うものと違ったときに、不足が出る。まいた種は必ず芽を出すのだが、人間が望んだところに芽を出すのではない。神様から見て、その人に最も良いところに芽を出させてくださる。 ありがたいなぁ。

リーフレット作成

就任奉告祭のリーフレットを作成した。ウィンドウズという高価なパソコンは持っていないし、もちろんだがAdobeの高価なソフトも持っていないのでどうしようかと悩んだわけだが、結局、手持ちのChromebookと無料のオンラインサービスで乗り切ることにした。 メインのレイアウトソフトは「グーグル図形描画」に決めた。このソフトは、グーグルドライブからアクセスできる。AdobeのIllustratorほど素晴らしい機能はないが、所詮、素人の仕事しかしないので、写真と文字が配置できてPDFに変換できればよいのだから、これで十分だ。 写真の加工については、「写真加工ドットコム」というオンラインサービスを利用した。Photoshopとまではいかないが、周辺をぼかしたり写真をイラスト風に変換したりと、いろいろな処理ができる。少し時間はかかったが、まあ、素人が必要とする機能は無料で利用できる。 プリンターで印刷するときに、両面印刷ができれば便利なのだが、そのためには表面ファイルと裏面のファイルを一つのファイルに結合する必要があるわけだが、これもオンラインで解決した。「PDF オンライン 結合」でググればいくつかのオンラインサービスが見つかる。会員登録など不要で利用できるものがすぐに見つかるはず。 問題となったのは、フォントの少なさ。グーグル図形描画には、日本語のフォントがほとんどない。長い文章の部分は明朝体があれば良いと私は思っていたから問題はなかったが、このあたりを凝りたいという人には向いてない。また、タイトルのフォントは、私はゴシック、または明朝体をボールドにして使ったが、ここも凝りたい人もいるだろう。 タイトルのフォントなどは、オンラインでバナー作成をしてくれるサービスを利用すれば良い。面倒だが、画像にしてしまえば良いわけだ。

理を立てていれば良い

逸話篇の七四より 逸話篇の七四より 人間の義理を病んで神の道を潰すは、道であろうまい。人間の理を立ていでも、神の理を立てるは道であろう。 「人生とは選択の連続である」と言ったのは、確かシェイクスピアだったと思うが、彼らはいつも難しい選択ばかりで大変だ。 この道を歩む我々は、迷ったときには理の立つ方を選んでおけば良いのだから、ほとんど何も考えずに済む。 何ともありがたいことだ。 人間の義理を病んで神の道を潰すは、道であろうまい。人間の理を立ていでも、神の理を立てるは道であろう。 「人生とは選択の連続である」と言ったのは、確かシェイクスピアだったと思うが、彼らはいつも難しい選択ばかりで大変だ。 この道を歩む我々は、迷ったときには理の立つ方を選んでおけば良いのだから、ほとんど何も考えずに済む。 何ともありがたいことだ。

前生因縁のさんげはたんのうだけではない

「たんのうは前生いんねんのさんげ」という言葉はあまりにも有名なのだが、たんのうして通るだけなら、何も天理教を信仰する必要はない。どんなことが起こっても、それを前向きに捉えて受け止めるというのなら、世間で言うプラス思考と何も代わりはない。因縁ということを理解することで、不都合なことが起こった時に、「これがさんげになる」と考えれば、ただそれを受け入れやすくなるだけのことだろう。 「たんのうは前生いんねんのさんげ」だが、前生いんねんのさんげはたんのうだけではない。「人助けたら我が身助かる」というのだから、たんのうを中心において守りの信仰をするよりも、おたすけを中心において攻めの信仰をするほうが、因縁納消の道を通りやすいのではないかと。

USBメモリからChromeOSを起動

事務所のパソコンなんて誰が使っているか分からない。ウイルスに感染したファイルを削除したという記録が、セキュリティソフトのログに残っていた。セキュリティソフトが反応したのだからこのパソコンは大丈夫だろうとは思うが、それでもプライベートな内容を扱うのは恐ろしい。かと言って使える状態にしなければならないし…。 いろいろ悩んだ末、USBメモリにChromeOSをインストールして起動することにした。せっかくやり方が分かったので、ここにメモしておこうかと。ブートディスクを作成したパソコンはLenovoのWindows10だ。 するべきことは大きく分けて3つ。ディスクイメージのダウンロード、USBメモリにインストール、BIOSの設定だ。 ディスクイメージのダウンロードは以下のサイトから。 http://chromium.arnoldthebat.co.uk 「daily」にアクスして、パソコンのプロセッサーにあったイメージファイルをダウンロードする。わからなければ順番に試せば良い。ファイル名が「Cx86…」、「CARM…」、「Camd…」のものの3種類あるから、最新版をインストールすると仮定すれば、3回試せばどれかがヒットするはず。 イメージファイルは7z形式で圧縮されているのだが、Windows10ではデフォルトでは解凍できないので、解凍ソフトをインストールしなければならない。「7z」でググればいくつか見つかるだろう。私が使ったのは7-zip。 http://sevenzip.sourceforge.jp/ 解凍したイメージファイルをUSBメモリにインストールするには、専用のソフトが必要。私が使ったのはWin32 Disk Imager。 http://sourceforge.net/projects/win32diskimager/files/Archive/ ダウンロードしたファイルで起動ディスクを作れば、次はBIOSを設定する。BIOSの設定をする方法は機種によって異なる。「機種名 BIOS」でググれば見つかるはず。私の使っているパソコンでは、起動直後F2キーを押し続けることでBIOSの設定画面に入れた。F8キー、F12キーで起動する機種もある。 起動順位を変更してUSBメモリをハードディスクよりも先に持ってくれば良い。英語が少...

その場の楽しみをして

食えない苦労、寒くて眠れない苦労をしなければおさづけが効かないと、ある先生から教えていただいた。こうのうを得るために必要なことは難儀不自由、艱難苦労であると、おさしづのいろいろなところに書かれてある。 得られたこうのうはなくならないものなのかと思っていたが、そうでもないようだ。明治22年3月21日のおさしづに、 その場の楽しみをして、人間というものはどうもならん。楽しみてどうもならん。その場は通る。なれども何にもこうのう無くしては、どうもならん事に成りてはどうもならん。 とある。神様は「その場の楽しみ」を戒めておられる。 詰所の勤務をしながら他のことも色々とやっていると、忙しいし十分に寝ることもできないのだが、勤務そのものは楽しい。こんなことではダメだ。もっと苦労しなければ。

何処からでも芽を吹く

においがけおたすけを一所懸命やっていれば、どこかで必ず芽が出ると、多くの布教師の先生方が仰る。「東で撒いた種が西で生え…」というのは、有名なフレーズだ。 少し布教の真似事をした私でも、それくらいのことは神様が見せて下さる。教理は本で学ぶものではなく、おたすけの中で体験するべきものだと、そんなことも実績のある多くの先生方が仰るのだから、わざわざ原典に根拠を求める必要もないだろうと思っているつもりだった。 が、おさしづを読んでいて見つけてしまった。根拠など必要ないと思っているつもりだったのだが、どこかに少しだけ不安が残っていたのだろう。 せっかく見つけたので引用しておこうかと。明治三十年五月二十一日のおさしづだ。 道のためあちらへもこちらへも種を下ろし、道のために尽したなら、何処からでも芽を吹く。又、道のため一つの理あれば、見て居る者は無い。所々種を下ろして、世界からうっとしい理も無くばならん。一時の処はどうなろ。めん/\一つの理に持って、あちらへもこちらへも種を蒔く。あちら不作でも、こちらは十分取れる。こちらから還る、お前は放って置かれんという理は、何処に放って置かれん。一代限りじゃなあと思えば蒔き流し、一時もう理をよう聞き分け。一つの理は為すいんねん諭しの理に籠ってあると諭し、前々蒔いたる理何処へでも生える。これだけ諭したら、真も定まるであろ。よう聞き取ってくれ。