それでも私はコーヒーを飲む
最近、コーヒーを美味しいと思えなくなった——そんな話を知人がしていたのを、ふと思い出した。ちょうどコンビニのコーヒーを飲んでいたときのことである。
その言葉を思い出してから改めて飲んでみると、たしかに以前ほど美味しく感じない。運転をする際にはたいていコンビニのコーヒーを飲むが、特別不味いと感じたことはこれまで一度もなかった。それどころか、何十年も「これは美味しい」と思いながら飲み続けていた。もはや脳がそれを美味しいものとして記憶し、多少味が変わっても惰性で「美味しい」と感じていたのかもしれない。日々、何の疑いもなく口にしていたのだ。
それでも、最近になって、ふと「美味しくない」と感じるようになった。なぜなのか——年齢のせいで味覚が変わったのだろうか。体調がすぐれないときには何を食べても味気ない、という体験も思い出した。または、単純に飽きがきただけかもしれない。いくつか理由を考えてみたが、納得のいく答えは見つからなかった。
とはいえ、運転中の眠気覚ましに、やはりコンビニのコーヒーを手に取る。そして、「昔はもっと美味しく感じたはずなのに」とぼんやり思いながら飲んでいた。
そんなある日、コーヒー豆をいただいた。どうやら私が日頃からコーヒーを飲んでいる様子を見て、コーヒー好きだと思われたらしい。ありがたく頂戴し、自宅で淹れてみたところ、その香りと味に驚かされた。「ああ、これがコーヒーの美味しさだった」と、久しく忘れていた感覚が蘇った。
後日、再びその知人と会う機会があり、この話をしてみた。すると彼も似たような経験をしたという。久々にコーヒーショップで飲んだ一杯が、とても美味しかったのだそうだ。
やはり、コンビニのコーヒーが以前より美味しくなくなったという仮説は、あながち間違いではないのかもしれない。もともとコンビニのコーヒーは、ついで買いを促す役割もあるため、利益率は高くない。そのうえ物価高が続けば、たとえ多少の値上げがあっても、質を維持するのは難しい。そう考えれば、味に多少の変化があるのも当然だろう。
とはいえ、このインフレ下において、わずかな値上げでコーヒーを提供し続けているのは驚くべきことであり、企業努力の賜物とも言える。