天理教をするとは

天理教をやっていれば、大体のことは何とかなるとは思っている。と、そんな話をしていたときに、「天理教をやるっていうのは、何をすることなの?」と聞かれたことがある。

もちろんだが、同じことをしていても、めんどくさいなあと思ってやっているのと、ありがたいなあと思ってやっているのとでは大きな違いがあるというのは当然のことだと断っておかなければならないが、天理教の人間がやることと言えばおつとめ、ひのきしん、においがけおたすけの3つしかない。

どれも、自分のためではなく、神様のため、人様のためにさせていただく行為だ。自分のために何をしても神様が喜んでくださるわけはない。何をするにも我が身のことは考えず、神様に喜んでもらえるよう、人様に喜んでもらえるようように心がけていくべきであって、そのためにひながたを学んだり、先人の話を聴いたりすることが必要になる場合もある。が、行動することのほうが大事だろう。

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