記録よりも記憶を
大阪万博にブルーインパルスが飛来するとの情報を得た。神戸からも見えるということで、観覧を試みることにした。六甲山の高所であれば十分に見えるとの記述がインターネット上にあったが、そこまで行くには時間を要する。出発まで残された猶予は約30分。そこで、山手に位置する近隣の灘丸山公園に足を運ぶこととした。
公園には10分ほど前に到着したが、既に多くの人々が展望の良い場所で大阪方面を注視していた。私もその一角に加わり、関西空港方面を中心に南の空を見渡したところ、近くにいた人物が「見えた!」と声を上げた。目を凝らしてみると、南の空から一本の白い飛行機雲が現れていた。
その雲を追うように視線を移すと、徐々に機体の姿が明瞭になり、旋回する様子まで確認することができた。貴重な経験であった。山の近くに位置する神戸という土地柄が、この体験を可能にしてくれたのだと思う。
周囲ではスマートフォンで撮影を試みる人が多く見受けられた。私も一瞬撮影を考えたが、思い直してカメラを構えることはなかった。近頃、スマートフォンによる撮影そのものに対する関心が薄れてきている。
私が撮影しなくても、他者によって記録された映像がネット上に投稿されるだろうし、テレビでも取り上げられるはずだ。自分で撮った映像よりも質の高いコンテンツに触れることは容易である。加えて、撮影に集中すれば肉眼での観察が疎かになる可能性がある。それならば、自らの目でその瞬間をしっかりと見ることにこそ価値があると感じた。
かつては、珍しいものに出会った際、写真や動画として記録することで他者と共有し、喜びを分かち合うことが目的であった。だが現在では、わざわざ記録せずともネットを通じて誰でも閲覧できる時代となった。そうした状況下では、記録に注力するよりも、その場でしか得られない実体験こそが、より重要なのではないかと考えるようになった。