所属教会と理の親という制度について
所属教会や理の親という制度には良い面もあれば悪い面もあり、悪い面が取り上げられることが多いように思う。例えば、やる気のない会長さんのいる教会に所属する信者が、所属を変更したいと言い出すことがあるそうだ。会長がはんこを押さなければできないわけだが、このような場合にはだいたいはんこを押してはくれない。それを不満に思う人も多いようだ。「神様が作った制度じゃない」とか、「こんな制度があると神様はきっと悲しんでいる」とか、そんなことをいう人も多い。 では、神様はどう思し召されるだろうか。もしもこの制度が間違っていて、それがあることによって世界だすけができなくなるのなら、そんな制度ができる前に潰されたはずだ。良い制度だとおっしゃるかどうかは分からないが、少なくとも許してはくださっているだろう。 この制度があるから世界だすけが遠のくという考え方は、おそらく人間思案だろう。人間の作った制度で神様の世界だすけを遠のけられると考えていること自体が高慢でしかない。 神様は世界中の人間を一日も早く助けてやりたいと思し召されるのだから、現在、この制度があるのならそれを利用して助けられるだろう。今のところ、所属教会という制度があるわけだが、ある人がその教会に所属している理由はというと、それがその人を助ける最善の方法だからだ。もしも他の教会に所属したほうが助かりやすいのなら、神様はそちらに所属させるはずだ。人間がどんな制度を考えたとしても、神様は最善の方法で全ての人を助けようとされる。 この世界は神様の世界であって、そして神様は必ず陽気ぐらし世界を実現される。そのために先回りのご守護をくださっている。もしも現状に不足をしているのなら、この当たり前のことがわかっていないとしか言えないわけで、つまり、まだ天理教を信仰していないとしか言えない。